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市島おりせ の日記

久しぶりに香港映画の名作を観る

久しぶりに映画の話。軽いつれづれ話です。

 

昔ほどではないけれど映画好きで観るほうです。

新しいものだけではなく、

ときどき 無性に前に観た名作を観たくなる時があり。

 

そんななかで

私のベストオブベストの1つがこれ

 

インファナルアフェアズ

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香港映画です。

 

名作中の名作。

 

香港闇社会と潜入捜査員の話なので、明るい内容ではありませんが

 

役者とプロットと香港という場所

すべてがパーフェクトに相互作用している作品。

 

なかでも
とにかくプロット(シナリオ)がいい。何度観ても飽きない。

ネタバレ的なことは書きませんが

ストーリーはわかっていても毎回引き込まれてしまう。

時間が交錯しているので、三部作すべて観ていくことで

多少謎解きのような部分もあり、おもしろい。

 

 

ハリウッド、日本でもリメイクされてますが

それなりに良い作品になるのは

それだけプロットがいいから。

 

そしてプロットだけじゃなく

役者がいいのですよ。

 

ハリウッドスターと香港の役者とでは

違った空気感があります。

このプロットでは香港オリジナルがベストにハマるものなんでしょう。

 

どんなにお金をかけて、かつハリウッドスターを起用してリメイクされようとも

残念ながらオリジナルは超えられなかった、、。

 

ふつうハリウッドリメイク版のほうがパワーアップしていていい出来というパターンが多い中、圧倒的にオリジナルの方がいいという稀有な作品。

 

そう考えると、やはりオリジナルのこの作品は別格です。

 

もしディカプリオのリメイク版のみしか観ていない方には

絶対的にオリジナルをオススメしておきますw

 

重みというか質感が違います。

言いかえると

映画、全体的に漂う湿度が高いんです。濃密。
何とも言えない哀愁があり、そこがハリウッドでは決して出せない魅力となっています。

 

それと

役者について補足しておきますが、

この映画公開当時の少し前からアジア映画ブームで、主演のトニーレオンなど日本でも有名になってきていました。

 

なんでしょうね

同じアジア人なのに 香港の役者って佇まいが違う。

モワッとした色気がすごい。

ここも濃密です。

日本人でこういう役者いないかもしれません。

国の差なんでしょうかね?

 

トニーレオンはそんな色気がある役者の筆頭。(しかし、これ、よく言われていることなんですが

トニーレオン 色気はスクリーン上だけで、演じてないときは超普通というw。

それって本当の意味でいい役者なんだと私は思っています^ ^)

 

日本では、この作品で彼の人気が決定打となったのを覚えています。

 

彼に続く他の役者も同じく日本の役者にはない魅力があります。

同じく本作品ダブル主役のアンディーラウも。

 

役者も佇まいや空気感も

同じアジアといっても良い意味で違いを発見できます。

それも映画の醍醐味かもしれませんね。

 

アジア映画も食わず嫌いはもったいないですよ(^ν^)

 

久しぶりに観て

やっぱりおもしろいものはおもしろい!

と納得した晩秋でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い替え スマホも

iPhone5をまだ使っていたのですが、さすがにバッテリー切れが早くなり、数時間と持たない状態に。

限界までよく頑張った5。

 

ということで

今日アップルストア🍎に出かけ8plusに変えてきました。

アップルのスタッフにも、「5長いこと、丁寧に使っていただきありがとうございました!」と言われるぐらい久しぶりの機種替え。

 

8plus新機能いろいろですね。

特にカメラ機能。あとは指紋認証も。

 

今年はこの時期に、家電やら服やら

果てはスマホもと

買い替えが多く出費も多いですが(^^;)

 

気分が上がるので良しとしています。

 

ホントに次なんだろうね?

年末まで何が次は壊れるのか?の心境w

もう開き直って楽しみにしてますwww。

 

変化その2 やっと黒が着れるようになる

服も買い替え中です。

タイトルどおり、やっと黒が着れるようになりました。

「着れるようになった」
というのは
気持ち的に、長いこと黒は着たくなかったのです。特に秋冬は。

理由は、震災の影響。
ホントに長いですね。そう考えると。

震災直後 例えじゃなく本当に街がグレーだったのです。

色のない世界。

だから黒やグレーの服は着たくなかった。

白やアイボリーや薄いベビーピンクなど、
似合うかどうかより
そういう色ばかり着たかったのです。

ダークな色は着れたとしてネイビーまで。
 よく心理学などで気持ちがふさいでると黒を着る
と言われますが、私は逆。

震災後の、あの感じでは、黒は無理でした。

ここ最近、ようやく本来似合う色の
赤や 真っ青のブルー 真っ白など
パーソナルカラーでいうウィンターの色を着たくなってきました^ ^

変化してきたのかな?
と身につける色でわかりましたね。
自分のことが。

そういう意味では、黒は最後の砦的な色。

夏も少し着てはいましたが、夏物は抜け感があるので着やすかった。

で、今年の冬。
数年ぶりにコートを新調したくなって
ショッピングに。

いろいろ試着したところ
どこでも、店員さんは即座に
「黒が似合うと思います!」
と断言。
あとは次点でキャメル。

自分でも黒は似合う事は知っているのと、
久しぶりに着たいなっていう気持ちになったので黒のコートを購入(^ν^)

ロングラップだと迫力出すぎるのでw
軽さがあるデザインの物に♫
素材はアルパカ。
(アルパカはあったかいんですよ。寒がりの方にオススメ)

色も、黒といっても漆黒というより
軽さのある黒なので、あまり重くなく着れそう。

前回書いた、家電といい服の色といい
いろいろ 変化が自然に表にも出てきている感じがします。

さて
これからどう変わっていくのか
それも自然にまかせてみようかな♫
と日々を楽しんでいこうと思いますよ。




変化?その1 家電壊れる

洗濯機 炊飯器と
家電が壊れる最近です。

洗濯機 7年寿命って知らなかった、、。
洗濯機にちゃんと書いてあるんですよね。

家電以外でも
昔買ったの物がなくなったり。

外側で大きく変わったことはないのだけれど
心持ちが変わったせいか
いろいろ買い替えしたくなっている最中の出来事だったので
変化と前向きにとらえてみます^ ^

でも
次々だなあ〜。
次は何でしょう?w

イヴァンカ氏 ピンクのイメージ戦略


日本人のメンタリティーと

 国際政治の場における日本のプレゼンス(存在感)は関係があるのでは?

と考えさせられたブログ記事がありました。

それは
イヴァンカ氏来日時の装いが発端。

私もニュースで見たとき

「あれっ?いつもはシャープなニューヨーカーらしいファッションなのに
なんでこんな子供っぽい服なの?」
と違和感を覚えました。




実は、それにはイヴァンカ氏の戦略があった!

イメージコンサルタントの日野 江都子さんが、非常に的を得た記事を書いておられます。
 日野 江都子ameblo

少し抜粋します。

~まず、到着時の水色の服も併せ、話題のピンクを見るにつけ、「なるほど、彼らは日本をこういう風に見てるということね」と、はっきりわかります。

 

「日本及び日本人は、ファッション(と言うよりトレンド)にとても興味がある、だけど政治・社会・経済やビジネス感覚が薄い(故にそれに必要=appropriateなアピアランスを理解していない)、成熟していない(甘めで幼稚なものを好みがち)」

これが彼らの中の日本のイメージであり、分析した結果でしょう。

 

あのデザイン(形)・あのピンク・あの超ミニ丈、どれを取っても、”可愛いけれど国を背負って外交する人のそれではない”です。しかし、大事なのは、その格好で来られた日本は、それが自国の「評価」であると認識しないとまずい、これが何よりも大事。

例えて言えば、赤ちゃん言葉でしゃべられているような感じ、もしくは、小さいお子さんのいるお母さんや幼稚園の先生が、子供に分かりやすい(子供が好みやすい)格好をするのと同じです。~

厳しいご指摘ですけど、私も同意見。

本国アメリカはもとより、ヨーロッパで会議に参加した折には、あのような「カワイイ」服を彼女は着ていなかったから。


この記事を読んでいると、

「カワイイものを大人が好む、それ自体は個人の自由なのでは。

政治とか経済とか国益とか関係ないし。

個人的には似合わないのでw

カワイイものは身につけることはほぼないけれど

何であれ、個人の嗜好に良し悪し つけるものではないし。」 


という考えを私は持っていましたが、

今の日本の政治情勢を見るにつけ

そうも言ってられない時代になってきたと感じます。


日本という国は、文化的に「カワイイ」ものが多い

ぐらいのイメージならいいですが、


未熟さを好む国民

未熟な国

といったイメージがつくのは決して良いことではない。

先進国とされる多くの国では、12歳あたりから
子供っぽい「カワイイ」ものはやめて、もっと大人っぽくしなさい
というプレッシャーが強く、

具体例で思いつくのが

以前トムクルーズのお嬢さんスリちゃんが、髪にピンク(だったかな?)のリボンをつけていたら
欧米のメディア(一般人も含む)が
「10歳にもなるのに、3歳児みたいなかっこうをさせて親はどういうつもりなのだろうか」と騒がれたこと。

早く成熟した大人になりなさいというプレッシャーをあらためて知りました。

この例が物語るように
身につけているものは
その国や地域、社会が重視していることをも表している。


そしてそれは個人個人のメンタリティーの形成にも、もちろん影響を与えるでしょう。

成熟した大人の服を着るか 

カワイイ未成熟な子どもが好むような服を着るのか

(少なくともカワイイは一部のアジア諸国以外だとそう見えるようです)

そんな些細なことが

国のイメージや

国民のメンタリティーを作っているとしたら、、、。


服だけでなく 持ち物、読むもの、見るもの、聴くもの、街の景観、メディア すべてにわたって言えることだと思います。


日本のカワイイ好き嗜好、 考えなくてはいけない時期なのかもしれません。

成熟した国、存在感のある国 

それはつまり発言権があり影響力が大きいということ。

今の政治状況を考えると

国の存在感は大切です。


北朝鮮ミサイル発射 の時に

現代版空襲警報のJアラートを体験したら

嫌でも政治について考えてしまいます。

私個人も 日本人として

どうあるか どうありたいか 

考えたいと思います。


そんなきっかけをもらえる記事でした。






 

ひたすら自分を見る

「新しい服を買う前、最低1ヶ月
ひたすら自分の体を見る。

毎日毎日、前から横から、そして斜めから後ろからと、
じっくりと自分の体を眺めてみると
今まで気がつかなかったいろいろなことが見えてくるはず。」

続きものみたいになってきましたが
熊倉正子さんの本に書かれていたことを今実行中です。

(熊倉正子さん、長いことフレンチヴォーグ誌をはじめ、マックイーンのディレクターとしてキャサリン妃の結婚式ドレス作成を仕切ったりと、ファッションビジネスで最前線を走ってきた方です。)


冬物を棚卸しして、新調しようと計画していたのですが、本を読んでしまったがためにw
今は「ひたすら自分を見る」ことをしています。

ジムではぴったりしたウェアを着ているので毎回チェック。
自宅では裸でもチェック。

自分を徹底して知ることが大切。

何が似合い何が似合わないのか
自分のサイズも徹底して把握しておくことが大切 とのこと。

以外とこんなにも しっかりやったことはないかもしれません。

髪も肌も歯も
体幹や脚や腕以外もじっくりと。

そうすると
パンツも綺麗に履けるように、お尻はもっと形がキレイになるように鍛えよう とか

ありがたいことに白髪家系ではないので、
まだ白髪はぜんぜん生えてないな
感謝しなくちゃいけないな。
でも、ツヤ感は変わったかな?
予防的に頭皮ケアしっかりやろう
とか

定期健診で歯はちゃんと見てもらっているけれど
歯茎がほんのわずかだけれど
歯肉がやせた?

歯並びも、せっかく昔矯正したんだから(これも親に感謝です)
噛みグセ気をつけて、ズレないようにしよう
毎日チェックしよう
とか


観察することによって、今まで見えていなかったところが見えてくるのため
「さらにもっと自分を大切に扱ってあげよう」
という気持ちになります。

それと
体をしっかり見ていくことは
自分の内側もみつめる感覚になります。

よい効果をさっそく感じてますよ^ ^

そして、思うことは
熊倉さんが言うように
服より 何より
体を整えるのが最優先なのだな
と。

体が整うと気持ちも整う。
だから
自分を整えることとにかく先。
自分で自分でいることが心地よくあるためにも♫

本に、
「オシャレになりたかったら
ショッピングより運動」
という項目があります。

運動で体と心、
両方さらに整えて
気持ちよく冬の服を着て楽しみたいと思います^ ^





ジコチュー考

前回の続きでもあります。

熊倉正子さんの本で、彼女は
「私はジコチューです」
と、ご自身のことを述べています。

日本での生活の方が少ないぐらいの方なので
日本的感覚だと「ジコチュー」。

でも一歩外に出て、個人主義の世界では
日本のジコチューは「ふつう」ってことなのだろうな
便宜上、日本の感覚に合わせて「ジコチュー」という表現を使っているだけなんだろうな
と読んでいてわかります。



(補足:熊倉さん 、好き勝手に生きろとか

自分さえよければいいとか そういうことは決して言っていません。

「自分の基準をはっきり持ちなさい」

という意味のジコチューです^ ^


ここから書くことは完全に私個人の考えですので)

そこから思ったこと。

音楽が好きで、そこから英語は学ぶのが好きになったのですが
今気づくのは、私が外国語を学ぶのが好きなのは

「日本的な感覚を持たずにいられて楽だから」

というのがすごく大きいかもしれません。

言葉そのものより
そのバックグラウンドのほうが影響は大きい。

どんな言葉を話しても気遣いとか思いやりは大切だと思いますが
必要以上はいらない。しかも我慢を人に強いるようなものはなおさらです。

今 フランス語を学んでいるのも、そうした気持ちのあらわれかも
と気づきました。

憧れというのがない分、冷静に見えてくるのですが
欧米と言うときも、アメリカとヨーロッパ、そしてもちろん国ごと地域ごと文化は違っているし、人によっては個人差はあるけれど

かなり狭い個人的な体験から言えば

アメリカは明るくポジティブであることがとても大切で
ある意味、建前をすごく大切にする。

世間の評判も気にするし、協調性も重視する。
アメリカンドリームや成長成功を重んじるからかもしれませんね。

そして意外にも、政治的なことに関しては東海岸より西海岸の方が保守的で、ストレートな物言いはしないとか。意見自由と思いきやそうではないこともある。


ヨーロッパ人は後腐れなくお互い皮肉を言い合って遊ぶ余裕があったり(時にどぎつい皮肉もw。でも遊び感覚というパターンが多い)
いつでもポジティブでいようというプレッシャーは少ない。
感情を表に出す、気分次第の人も多い。これは良くも悪くも取られるでしょうが、ある意味自分に正直なのかもしれないですね。

階級社会のせいか、そういうメンタリティーのせいか
自己啓発などもヨーロッパでは流行らないし
作られた人工のポジティブ世界ディズニーランドも彼らのメンタリティーとは合わないのか流行らない。

などなど。

それで自分は?というと
少なくとも今の自分は、メンタリティーだけでいえばヨーロッパ寄りの感じが強い。
だから言葉も習いたいと思ったのだなとわかるんです。

自分の本音に素直に生き、素直にそれを表現していく
日本で言う「ジコチュー」にもっとなっていいんじゃない
ってこと。

喜怒哀楽もっと出したってっていいじゃない
自己主張したっていいじゃないって感じなのです。

熊倉さんの本を手に取ったのも
もっとジコチューに、軽やかになっていいよ
というメッセージなのかもしれません。
(ジコチューって実は軽やかです。内側に抱え込まないから)

ジコチュー化はずっとやってたのですが
まだまだジコチュー度がたりなかったw

もっと自分を表現したり、本音を出したり、感情を出したり
軽やかになっていこうと
あらためて思いました^^