silver lining cafe

市島おりせ の日記

現代の「家族の肖像」

映画づいてます^ ^

 

ギャスパーウリエル 繊細な演技が好きで、

彼が主演で、まだ観ていなかった

たかが世界の終わり

を先週は観ることに。

 

いつもながら あらすじ 評価は一切見ずに

まっさらな状態で観てみました。

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余命わずかなことを告げに

12年ぶりに自宅へ帰った主人公と  その家族の人間模様が描かれてます。

 

大きな出来事が起きるわけではなく

けれど

台詞だけで緊迫感が漂う。

 

それ以上に

言葉以外のほうが多くを語っていました。

 

「家族」というものが揺れ動き

バランスが崩れていくのを必死に保とうとする

そうした脆さと
近しい存在であるがために、
逆説的なのだけれど
「家族」が本当の安らぎの場であるのか?という疑問のなげかけと

後から  じわじわくる映画でした。

 

(直後は良さがイマイチわからなかったw)

 

奇しくも69回 2年前カンヌでグランプリとってたのですね。

 

今回 是枝監督作品 パルムドール受賞といい

「家族」に焦点が当たることが

最近のカンヌ映画祭、多い気がしてます。

 

おそらく 今は 従来の家族像は揺らいでいて

いろんな形があり

それにつれ

様々な思いや とらえ方が出てきているからこそ

「家族」は大きなテーマなのでしょう。

 

「親」はもちろん

「子供」や「兄弟」のあり方も変わってきている。

 

最近見る映画はなぜかLGBTづいていて

この映画も 主人公はホモセクシャルで、それもあって家を出ている

という設定でした。

 

弟を認めきれない 弟に劣等感も感じている兄との

緊張感あるやりとりも描かれています。

 

全員が認めてくれるわけでもない。

きれいごとではない葛藤もある。

 

この映画での主題とは違いますが

 

養子や子供についても

いろいろな形があり

 

有名どころだと

デザイナーかつ映画監督のトムフォード(彼もホモセクシャル)が同性どうし結婚して養子を育てていたりする。

 

これも嫌う人は嫌悪感をあらわにする時もある。

 

子供を持つ 持たないに関しても

日本でも女優さんの発言で論争がありました。

 

でも

あらゆる生き方を認めていく方向に世界がなってきている。

そうなればなるほど、同じぐらい多様な「家族」の形が出てくるのは自然なこと。

 

多様性を認めていくほど

ある意味

より複雑になっていく時代なのかもしれません。

 

そして多様であるがゆえに

「認める 」「認めない」

無視しているようで

無視しきれなかったり

感情が動いたりと

 

「家族」は

誰しもが関心あるテーマなのだと思います。

 

そして私自信も

なんとなく

「家族」がテーマの

この映画を無意識に選んだのも理由がある気がしてます。

 

というのもこれから書くことの直前にこの映画観たのです。

私の両親は物心ついたことには離婚していて

父親の顔は覚えていない。

 そんなところに

(数ヶ月前に)亡くなって遺書確認の立会いの知らせが入り、、

(自死とかではなく、生前書いていたそう)

 

といっても

映画やテレビドラマのように

何かがあったり 事件があったり

それこそドラマは一切なく

 

穏やかに

父方の叔父と十数年ぶりにあったり

(父親とは会ってなかったのですが

叔父とは一度会う機会があった、という不思議な家族です)

いろいろ聞いたり

しみじみした感じで

でも 不思議と 重くも 悲しみもなく

 

なんとなく「家族」について 思ったりしてました。

 

いちばん近いようで

いちばん遠いような

 

映画のようなドラマはなくても

しみじみ 穏やかに 考え 思う

そんな感じも悪いものではありません。

 

必ずドラマがあるはず

というのも

なんだか違う気もしますしね。

 

穏やかに受けとめられている自分に自分で驚きながらも

なにかひとつ吹っ切れた感じでした。

 

いろいろ変わっていきますね^ ^

 

そんな一週間でした。

 

☆余談ですが

タイトル「家族の肖像」は

映画好きなら誰もが知る、ヴィスコンティの名作から引用。

 

古い映画ですが おススメ作品です♫

 

 

 

 

 

 

 

call me by your name 柔らかな部分をよびおこす作品

あれっ?という間に一週間が過ぎ去った

という感じの先週。。、

 

映画観てよかったから買っておいて放置していた作品の英文原書

何冊か 読みだめしていたら

はまってました。

 

ブログも書いてなかったですね(^^;)

 

今読んでいるのは

この作品。

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映画 素晴らしかった。

 

最近は 映画を見るときに

前評判とかどんなテーマかなどの予備知識を

一切いれずに行くことにしてます。

 

この作品の時もそうで

全くストーリーを知らずに行ったんですが

恋愛ものでした

 

と書くと薄っぺらく聞こえますが

誰しもが 一度は経験したことがある

でも 忘れてしまったような

柔らかな部分に突き刺さる作品。

 

アメリカ映画ですが

ロケは夏のイタリア。

一つ一つのシーンが繊細で詩的です。

 

役者も ダブル主演の 片方(アメリカ人ポスドクアーミー・ハマー)以外は

フランス イタリアの ルーツがある役者なので

ハリウッド映画っぽくなく

演出も大味じゃない。

 

けれども内容が内容なので、、、

恋愛と言っても男性同士なんですよ。

(ホントに事前情報なしで見たので途中から驚いた!)

そこを ふつうに男女と置き換えて見ることも可能な作品なので 多くの人の心に うったえるものが多く

アカデミー賞でも評価が高かったらしいです。

 

人によっては まだまだ拒否感あるかもしれないので

強く おススメはしませんが

感情が揺さぶられるのは確か。

 

今上映中なので

ネタバレ避けるため内容は書きません。

 

見どころを

と聞かれたら言えることは

エンディングの3分間

長回しで撮られた 主人公の表情が

ここ数年 公開された映画の中では秀逸です。

 

おそらく この3分の演技だけでも

主人公を演じたティモシー・シャラメ

アカデミー賞にノミネートされたんだと

思うぐらい素晴らしかった。

 

ただ楽しい おもしろい のも素敵ですが

心が ざわめいたり

揺さぶられたり

穏やかでいられなかったり

そういうことも すべて素晴らしいのだ

と今回 思わせられました。

 

 

映画もし観た方いたら

実は映画の続きが原作ではあるのです。(映画あるある です)

それが理由で読んでみたのですが

 

文字と映像ではまた違い

原作のほうが心理描写が細かく

 

喜びは より鮮やかに描かれ

揺れたり、苦しみという部分も

しっかり描かれている。

 

ところどころ 映画とはストーリーが違っているところもあったりと

原書にあたる楽しみは

そういうところでしょうかね^ ^

 

☆ちなみに映画は使われている音楽も 映画同様

良いです♫

 

 

ときどきネットを離れて

アナログ的に

文字や音楽にどっぷり浸るのもいいなと思った一週間でした。

 

 

 

 

 

 

ミケランジェロと理想の身体

重め社会派テーマは ひとまずおいて

身体のはなし♫

 

6月から

ミケランジェロと理想の身体」展覧会がくる!

 

ミケランジェロといえば

このダヴィデ像。

男性肉体美の理想形。

(通によると、胸板 腹筋が美しいのはもちろんのこと

太ももと腹部の間に筋肉のラインが入るのが良いらしい。)

 

 

去年 再び見て 圧倒されて以来

それまで 興味が薄かった彫刻

気になるようになりました。

 

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ダヴィデ像は来ませんが

今回はミケランジェロ作品2点

ほか古典期、 ルネサンス期、他の時代からも

絵画 彫刻 いろいろ、身体にまつわるテーマにした企画。

 

おもしろそう♫

 

運動するようになってから

筋肉にも興味が出てきたので

 

 骨格や筋肉の付き具合といった

身体の表現見るの大好きなんです^ ^

 

 

特に  古典(ギリシャ ローマ時代)は

肉体と精神の美しさを同一視。

身体の美が神につながるとされていた時代なので

 

 理想の身体とされる姿が

彫刻や絵画に表現されています。

 

それゆえ

その時期と それにならったルネッサンス期に作られたものは本当に美しいです。

 

見にいってはいないのですが

横浜でヌードをテーマにした企画展覧会やっています。

そちらの目録をチェックしたら

時代も近現代のものが多く、女性美に焦点をあてている感じ。

 

 

対して 

さすがミケランジェロを目玉にするぐらいなので

6月からのこちら国立西洋では

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時代的にも

やはりの男性中心。

 

筋肉チェック好きな私は

こっちの方が好みですw

(ちなみに古典 ミロのヴィーナスは軽く腹筋割れてますw

女性的ではありますが やはり 古典のほうが女性像も好みです^o^)

 

ヌード展は理想というよりリアルに近い表現。

ミケランジェロ〜展は理想の身体。

とテーマがもともと違ってるということもあり

比較してみると  よりおもしろいのでは♫

 

さて

ここから俗っぽい話w

 

ギリシャ時代がピークとしてローマ時代

ルネッサンスの時も多少

男性同士の友情を超えた愛情表現が「ふつう」だったことから

その時代 裸の男性を描いた作品が多いとのこと。

 

まあ 、裸が恥ずかしくなく 美しさの象徴でもあったし

(古代オリンピック 選手は全裸で競技していたのは有名)

女性を描くのは規制が厳しい時代というのも理由でしょう

が!

男性モチーフの絵画や彫刻は

今でいう「 エ○本の役割もあった」説もあるんですよ、、、。

 

まあ確かに 艶かしい表情のもの あるのです。

 

男目線の 色っぽい男性テーマで作ったのかな?これは、、、

作者の好みか?  当時の人気のタイプか?

というのもあったりするw

 

身体だけでなく

顔の表情や

ポーズも 細かく見ていくと

発見が多い。

 

下世話で大変申し訳ないですがw

 

古代も現代も

人間の本質はそう変わらない部分もあり

共通点も もちろん多い。

 

下世話な部分ももちろんあるw

人間だからww。

 

そんな見方をすると 展覧会とか堅苦しく見る必要なんてないんです(^^)

 

 

今回どんな作品を持ってくるのか詳細はわかりませんが

6月 楽しみです^o^

 

そして私は自分なりの理想の体作りに

いそしみます。

戦う相手は 自分の脂肪だけ!w。

 

 

 

抜け出したいふたつの価値観

ちょっと社会的なことを

なぜか最近書いてきましたが

 

自分でもわからないけれど、書きたいというか

今書かねば という気にさせられてました。

 

世界中で 新旧 価値観の激突というのを

今年になってから 非常に強くピリピリするほど感じていて

 

そういう意識でいたせいか

シンクロするように

関連する出来事やニュース

先ほど書いた

炎上事件なんかも 次々と上がってきていていたのですよね。

 

世界のいたるところで

何か大きくうねりがある感覚もあったし。

 

前置きが長くなりましたが

この辺で ひと区切りにしたく

 

タイトルどおりの

このテーマについて書いてシメにしたいと思います。

 

抜けたいのは 前に書いた「おじさん的価値観」。

 

私が定義する「おじさん」は

本当の「おじさん」を指すのではなく

「おじさん」という概念 そしてその価値観のこと。

 

言葉にしづらい概念だったので

便宜上 「おじさん 」という言葉を使ってますが

 

女性にも「おじさん」はいるし

10代 20代にも

「おじさん」はいます。

 

逆に リアルおじさん年齢の男性でも

ここで言う「おじさん」ではない人たちも

もちろんいます^ ^

 

私の思う 「おじさん」

とは

主に次の2つの価値観を持っていることなんです。

 

ひとつ目は

 

所有物で自分の価値が決まる

人の価値を決めてしまう  という価値観。

場合によっては 妻  夫 子供も無意識に自分の所有物とみなしてしまう

なんてことも、、、。

(相手を所有物 としているサインは

妻に  若さと容姿

夫に   地位と財産  

子供に   成績と友人の多さ 大人ウケ

そこで判断し、囚われている時。)

 

 

もう一つは

 

地位が高ければ

お金があれば

権力があれば

何をしても許される 許されていい

人をコントロールできる コントロールしてもいい

と考えてしまう 価値観。

 

今日本で、世界で 騒がれているいろいろな問題は

この2点から見ていくと

見えてくることが多いんです。

 

なぜそうしたことが起きたのかもわかる。

 

(わたしの周りではそんなのない

というのなら それで良しです^ ^

ただ 国のトップ支配層やマスコミなど、影響力が大きいところほど

まだこの価値観のもと動いているのでは?

と私は感じている)

 

 

問題や事件という形で

その「おじさん価値観」は捨て去りましょう

という、サインというか

そのあらわれを

今 私たちは見せられているんだと感じます。

 

だとすると

その価値観にもし洗脳されているとしたら

そこからいかに 脱するかが

いちばん大切だし、

論点にすべきところ。

 

そして

そういった価値観を

若い世代植え付けないようにすること。

強要しないこと。

これは私自身のミッションでもあります^ ^

 

新旧の狭間に立つ 私たち世代共通のミッションとも言えるのかもしれません。

 

あとしばらくは

この価値観から抜けるため いろいろ世界でも起こりそうではありますが

 

これも毒出し期間でもあるととらえ

まずは 振り回されることなく

自分自身をしっかり保っていこうと思います。

 

長い記事が続きましたが

とりあえず ここまで^ ^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎上は 議論ベタから起きるのかも

今 話題になっている

さまざまなニュースの中でも

某飲料水CMなどでも

ここ数日炎上  立て続けに起こってますが

 

奥の奥まで 見ていく

プラス

調べていくと

 

擁護する立場でも

非難する立場でも

はたまた 時事問題とからめて中立の立場でも

 

コメントしたり

記事を書いたり

発言したりすることが

(もちろんやってダメとか言うつもりはないし

以前の自分ならしていましたし。)

 

最終的に、さらなる炎上をあおる

 

もしくは

 

まったく建設的でなくなることが多い気がして

私はやらない

という感じになっています。

 

自分がそれでも書いたり発言するときは

上に書いたことも

腹から覚悟決めてるとき

 

というスタンス。

 

こういうブログなどで書くときは

他の人から見て

異論反論があるのは  当たり前と思ってます。

想定ずみ。

 

そして他の誰かの意見にも

同じようなスタンス。

 

で、議論は議論で

その人本人の人格否定はしない。

 

そこはスパッと分けてます。

 

たぶん炎上事件って

人格込みの批判になるから

やっかいなのかも。

 

これはリアル世界での

日本人の議論ベタと 全く同じ構造。

 

炎上に踊らされないようにするには

議論のスキル

自分も含め 必要

そんなメッセージを感じます^ ^

 

 

 

 

 

 

 

 

マウンティングは旧世代の価値観から来る

できる女性

というと語弊があるかもしれませんが

パワフルな女性ほど

マウンティングなどせずサラッとしている。

 

住んでいる場所はそれぞれ違えど

私の周りも友人も、働いている女性が多く

主婦をしている人でも

主婦は仮の姿というくらい

バリバリ 実家の稼業手伝いしていたり

 

近所の子供や、自分の子供の友人の世話まで買って出る

肝っ玉母さんだったり

パワフル。

 

まあもともとパワー有り余ってるぐらいの人たち。

 

私がいちばん弱っちい感じですw

 

彼女たちをみていると

できる女性に

マウンティングする女性はいない。

 

 

以前

女性と話すとき

メイクやファッション 食べ物の話にとめておく

と書いたけれど

それでも場合によって気をつかうこともありますが

 

マウンティングしない女性だと

そういう話題も 気持ちよく

それどこで買ったの?

似合うな〜。いいねそれ^ ^

などシンプルに楽しめる。

 

たとえ経済的な状況が違っていても

サラッとしてるんですよ。

 

女の敵は女」では決してないのです。

 

 

女の敵は女」と感じさせマウンティングするのは

おじさん世代の価値観に毒されているからだと私は思ってる。

 

その世代にとって都合のいい「女性はこうあるのが幸せ」「こういう女性が愛される」

に女性たちが自分を当てはめようとして

起きてるように見える。

 

(今いろいろ問題起こしているのも

まさに価値観の変化についていけない

そのおじさん世代が起こしていますし。毒されないようにしたいものです。)

 

マウンティングして

女の敵は女 なんて思われるのは

彼らの思うツボ。

 

サラッと賢く協力し合い

「女性の友は女性」と思わせることが

逆説的ですが

マウンティングをなくす一つの方法かも

と思うのです。

 

 

ちなみに30代前半ぐらいからもっと 若い世代は

男性の意識も違っていて

男尊女卑傾向も薄く

スポイルされていない人も多くなっている。

 

現場の目からいうと

男女 いっしょに家庭科を学んだり

実習で育児を学ぶとき

実際赤ちゃんを抱くなどといった経験が増えたりしたこと

 

それと ジェンダーの境目がここ数年緩やかになったことなども

影響していると思います。

 

 

旧世代の価値観にスポイルされないようにして、

男女ともうまく協力しあう

 

それが「ふつう」になったとき

マウンティングがバカらしくなるんじゃないかと期待します。

 

☆28日に 今回と似たような記事を書いたとき

シェアはしなかったのですが

新宿では女性の人権に関するデモ(#Me Tooも含む)が行われていました。

 

離れたところに住む私はネットに上がってくるスピーチを聴きながら

心の中で応援するぐらいだったのですが

 

何人かがスピーチするなか

男性もスピーチに登壇していました。

 

けっこう感動的でした。

 

そういう時代です。

 

意識を変えていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

前半は整えることに集中

GW前半は

家のなかを片づけ 断捨離して整える

(オークションなどで売れるものを発掘すると言う目的もあり)

運動して体を整える

語学 手を抜いていたところを学び直しで知識、技能を整える

投資と副業の具体策を学んで経済面も整える

 

整えるざんまいにしてます^ ^

 

いらないモノと脂肪は減らし

資産と知力 体力 筋力  は増やす。

 

ゆったりする時間をあえてとって

整えつつ

 

今後のことも

計画をいろいろ立ててみています♫

 

☆別記事で書こうと思っていましたが

断捨離について「おーっ!」と思ったことがあったので

長いですが補足で書きます。

 

それはミレニアルズ。

 

やはりすごかった。

 

何か買うとき 最初からメルカリなどでの転売価格を調べてから買うそう。

 

はじめから買ったら売ることを想定している。

 

断捨離という概念は過去のものになりつつあるのかもしれません。

 

捨てることはしない。

次に必要な人にバトンを渡す。

循環させているという意識。

 

これも 環境その他を考えると

たしかに循環のひとつ。

 

所有するという概念も

ものすごく薄れている。

その部分を一番感じもしました。

 

世代にこだわらず 学ぶことはやはり多い

そんなGWです^ ^