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市島おりせ の日記

インプットの時期

棚上げしていた、「これ読みたい 観たい」と思っていたものを次々みたりしていたらブログをすっかり書いてませんでした^^;

 
これといって何かあったわけじゃなく、インプットの時期なのかもしれません。
 
塩野七生 ローマ人の物語も 途中だったのをこの秋はシリーズ完読したいし
昔の映画観なおししていたり
 
語学も もう1ヶ国語しっかりやるのに10月期はスクール行くことにして手続きしたり
英文で久しぶりに小説読んだり
やりたいことは次々出てくるので、忙しいw
 
昨日はなんだかすごく久しぶりに観たくなった「リトルブッダ(ベルドルッチ監督作)」を観てました。
西洋から見る仏教思想観がおもしろかった。
 
ちなみにブッダ役はキアヌリーブス。
昔から なぜかキアヌリーブス好きなので なんとなく久しぶりの再会気分で観てました。
 
話少しそれますが、キアヌ  「なぜか」と書いたのは  ものすごく好きな役者 というわけじゃないのだけれど
かなり昔からなんだかず~っと気になる役者。
 
マトリックスの頃は勝手に長い知り合い気分で観ていたw
もうキアヌも、すっかりおじさんですがwww応援したくなる役者です^ ^
 
映画リトルブッダの話に戻りますが、けっこう拾えるメッセージがありました。
 
なんとなくピンときたものを いろいろみていると、何かしら今必要なものが入ってきます。
 
秋はゆっくりインプットするにはいい時期かもしれないですね。

自分でも、、、

変な話なので苦手な方もいるかも、、という内容の話です。


自分でも変かも、、、
ちょっと自分で自分が気持ち悪い
と思うぐらい
何か察知してたんだな〜と

夜中なのに目が覚めたので書いておきます。

情弱シリーズ (中身について書くことはもうないです)
あれはまったく意図したものじゃなく、
何かに「書かされた」感じだったんです。

きっかけは 

旅行から帰ってきたら
ウシジマくん なんだか読まなきゃな となぜか急に思い
別の用事で行ったTSUTAYA
今までマンガコーナーは行くことがなかったのに どういうわけか 手に取ったのがきっかけ。
マンガとか普段読まないのに、、。

そこから 訳がわからないけれど
本屋に行って 関連する気になるものを読んでいったら あの記事にどんどんなっていったのですよ。

(実は苫米地氏が尊敬する故ルー・タイス氏
数年前講演会で直で話聞いています。
その時苫米地氏もいました。それであの本も思い出したり。)

今 ブログも多くは読んでいないし ネットもそういう関係のものは見てない。

しかも ここ、ちゃんと書いときますが
私はこれまで〜塾とか 〜起業セミナーとかも行ったことないんですよ。

今は接点ないですが 数少ない実際見た 「キラキラ起業女子」 が  何か変かも 、、、
と思ってたぐらいで、関係はありません。

自分でも自分が気持ち悪いかも、、、なんで 勘というか 感じるというかあるのか?
と思ったのは

あの記事を書く前後に 関連することが色々起きていたことをついさっき知ったこと。

こんなことあったんだ とか

あ!こことここ繋がってたんだ〜
と初めて知ったり

それも偶然。

というか 関連する人たちは全員つながりあるとは聞いてはいたけど
タイミングというかなんというか、、。
気持ち悪いぐらい、、。

もう書ききって終わった感があったので 、忘れてた頃に そういうことを知ったので余計にそう感じてしまったのです。

偶然じゃなく、こういう力が本当に備わってるなら
形にして何か役立てて仕事にでもなるぐらいならいいんですがねw

ぼんやり なんとなく なので 
なんとも残念な 察知力ですwww
どうせなら、ミサイル飛んでくるのがわかるぐらい鋭敏な察知力が欲しいw


それと、 最後に、これも書いておきます。

あの記事を読み返して
「自分がバカだなあ〜情弱だな〜」
と自分が情けないとは思うけれど
他人はどうでもいいと言ったら失礼ですが そう思ってる。実は。

みんな自分で選び、好きでいろいろ行ってるはずだし
そういうところの主催者とかも 私は接点がないので

「気をつけなさい!」
なんて意図で書いてない。

だいいち そんなことを言っても 信じきっている人がそんな簡単に見ず知らずの人が書くブログ見て考え変えるなんてないですよ。

オウムの脱洗脳者も
自分でちょっと何か違う?という 違和感を 持っていた人は小さなきっかけで変わっていけたから洗脳から抜けていっただけで

そうじゃなければ
ブログひとつで影響なんてないです。

オウムに例えて申し訳ないけれど
つまりは 良い悪いはなく、その人がそれで幸せなら他人がとやかく言う必要はないっていうことです。
何が幸せが、他人が決めるものではないです。

主催側や販売する側は
お金を儲けてそれで楽しく生きてる、それを見て憧れて集会したりして楽しく生きてる人たちもいる
どちらも幸せなのだから
そこに水を差す気はないのです。

私もただ楽しく生きよう♫
今はそれだけです^ ^








さっきの補足: なぜそれが必要か

☆前回記事の補足を少しだけしておきます。

今の仕事で「これはまだ好きかな」ってところは、手は抜かず集中してます。(まだまだマジメだから♪ www)
実は この部分こそが、本来の業務のはずなのに、他の違う部分や雑務に多くとられる
少し異様な状態に日本全国なっています。詳しく書くと身元ばれるのでひかえます。


「イヤなこと(本来の業務ではないこと)はスルー。すっぽかしてしらんぷり。」の目的は、好きなことだけをやる練習をしているからなんです。
本来の業務だけに集中してエネルギーを注ぐため。

「朝も開始時間に職場に着くぐらいでいいし、定時に必ず帰る。」のは、他の対人系の仕事なら当たり前の「自分を整える」ことをするため。

この「整える」ことは、時間もお金もその他にも十分余裕がないとできない。
殺伐とした中で対人系のこの仕事やってるところも多いですけど
そんな強制されて、しかも「~のため」なんて やってらんないですよ。


「やりたくないことをしない」 というのは 「自分を殺すのをやめること」 と同じ意味です。
まず罪悪感なしにここをクリアしないといけない。
クリアしてないと、たとえ他のことをやろうとしても同じところでつまずくと思います。

 

それから、ちょっと話それますが、 
ほんとは もっともっと不真面目にテキト~に手を抜いていかないといけない。 

日本人はそのぐらいの ゆるい意識ぐらいでちょうどいいと思います。


マジメに生きてるなんてまだまだ未熟な自分です。「マジメ」は悪でしかないですよ。本気で言っています。

だいたい、役に立つとか 何かをしないとダメとか そんなことは絶対ないんです。

前回書いた、「何もしない 役に立たない でも 欲しいものは何でも与えてもらっている人」が存在するんですから。


あとお金についても補足が少し。
ここは
長くなるので別にまた書きます^^




誰がなんと言おうとお金は大事

お金に罪悪感はないです。

 
もらえるならもらう
くれるっていうならなんでももらう
そういう自分であること。
 
今のところはまだ
何もしなくても もらえる とかはないのでまずはちゃんと自分に許可を出すというところ。
 
物質主義についても
 
自給自足が好きな人はそれでいいと思います。人生をそれで楽しんでいる人もいますね。素敵だと思いますよ^ ^
 
ただ私はこの物質社会にせっかく生きてるのだから、それを楽しみたい。贅沢も好きです!と断言しておきます。
 
スピリチュアル志向がある人のなかでも
注意(ここでのスピリチュアルとは、精神性を重んじるという本来の意味でのスピリチュアルということ。
 
占いやパワースポット巡りが好きとか
じゃらじゃら数珠とか 石ペンダントつけて ヨガして、瞑想して いっぱいやってます!とかの人、という意味ではありません。
もちろんこれが悪いわけではないですよ。ただ こういう表層的なことではないよって意味)
 
麻などの自然素材が好きでメイクはしない、畑仕事とかが好きという人もいれば
ハイヒールやブランド物や贅沢品が好きな人もいます。
これはホント。どっちがいい悪いなんてないんですよ。実際のところ。
 
私は後者の物質主義バリバリです!お金も大大大好きです!!!隠しませんよ。もう。
ウソつくのメンドくさいです。
 
好きなものは好きですから。それが何か?って今は思います。
 
私は上で書いたようなナチュラル系大好きな、スピリチュアル好きの人といて かみ合わなくて疲れちゃった時が過去にありまして、、、
 
単に 自分が否定されてる気がしてたのです。まあこれもこちらの一方的な思い込みなのですけどね^^;
 
なので同じように お金も 物質的なものも 大好きで全部貪欲に楽しみたい♫
という正直な人が好きです^o^
自分がそうだから。
 
欲しいものは欲しい とちゃんとウソつかず表現しないと入ってこないと思っています。
 
この欲しい っていうのは 欠乏感とは違いますよ。自分が人生を楽しむために大切ってだけのことです。
 
そして物質社会に生きてるのだからマネーリテラシーは必須。
それだけのことです。
 
まあ、私は借金もないし 生活はそれなりにできている。
だから「足りてない 」のではなく もっと楽しんでいいじゃないか
という自分への許可なだけです。
 
まだ以前に書いた実験の途中で 、
何もしなくても(といっても気をつけないといい人ぶってやっちゃうw)お給料もらったり
なんでももらっていいことに、自分で自分に許可を出しているところ。
 
やりたくないことをしないために スルーしたり 知らないふりしたり 休んだり、
 
勤務時間外は絶対に働かない!と決めてるので朝はゆっくり間に合うぐらいに行く、17:00には帰る時などに
 
 罪悪感がわきそうになったら
 
「働かなくて 笑ってるだけで
何もしなくても 役に立ってなくても
お金でも なんでも与えられて もらっている人いるじゃない♫」
と思い出すようにしています。
 
与えなさい 与えなさい とばかりいう人いるけど
与えてもらうだけの人っているじゃないですか。笑ってるだけでなんでももらえる。
 
実際に存在するのですから、私も そうあっていいってことなんです。
本当に与えない人がダメなら、そういう、もらうだけの人は存在しないはず。
でも いるんです。あなたのそばにも、 隣にもいるはず。
 
だから罪悪感なんて なくていいのです^ ^
 
お金が大好きで いっぱい欲しい それで楽しみたい。
それでいいんです。
 
だからこそ逆説的ですが
今あるもので できることでまず豊かにして楽しむ。
 
 欲しいものは自分にちゃんと買ってあげましょう。
行きたいところに連れて行ってあげましょう。
疲れたら休ませましょう。
自分に甘甘に もっとなりましょう。
 
苦労と努力と我慢が好きな人には そうしてもらって
自分はそこに取り込まれないようににするだけです。
 
まずは 自分を自分で幸せにしてあげるんです。
お金はそれを叶える一つのツール。
だから大事なんですよ♫
 
それと大事なことを最後に。
 
「お金よりも大事なものが 〜」というセリフは
お金が使い切れないほどタップリある人だけが言う権利があるのです。
実体験しているのでしょうから。
 
体験してない人は 「お金よりも〜」のセリフを鵜呑みにしちゃダメだと思っています。
 
「お金だけがすべてではないけれど、お金がないと心が貧しくなるったり 好きに生きれないと感じることもある」

ってこと。
だから お金も! もちろん大事なのです。否定しないことも大事です。
 
 
 
 
 
 
 

マツコと私

年齢は違いますがマツコデラックスと私は誕生日が同じ^^
何かの縁でしょう。親近感がある。

本題
「マツコになる。」

簡単に言うと、言いたいこと言って好きにやる。

まあマツコはかなり賢い人ですし、物事もいろいろよくわかっている。もちろん、そこを踏まえてのマツコになる、です。
ですから、すぐ同じようにはできないでしょうが、モデルにしようと思っています。

とっくにいい人もやめたし、自分を殺すぐらいなら、誰に嫌われようが好かれようが気にならないし

言いたい人には言わせておけばいいし(といっても周りに今はそんな人はいないのですけど)

言いたい人は話したことがなくても会ったことがなくても、言いたいように言うものだし、友人になることもないでしょう、
というか接点も持たないものです。

私自身も直に会った人のことは自分の個人的な意見として話しても、会ってもいない人のことをとやかく言わない。

人が、「好き嫌い」を選ぶ権利を奪わないってことです。
その人が自分で判断することですからね。

同時に自分も人からの噂話や何かで、その権利を奪われないように気をつけています。
自分で実際見たもの、体験したもので判断することです。

心底今はそう思えているので、人の目などは気にせず、自由にマツコのように自分を表現して生きていいんだよって自分に許可できています^^


そして もう一つ自分に許可していること。
「もらえるものは何でももらっていい。」

もらえるってことはもらっていいものだから やってくる。

補助金やら 還付金やら 小銭でも モノでもなんでもいいのですが もらえるものはありがたくもらってしまう。
こう書くと誤解を受けるのかもしれないのだけれど、意味があることなのです。


何もしなくても もらえる人になるのが私の目標でもあるので(ここも長くなるので割愛しますが、深い意味があります)

まあ、といっても そこもあまりこだわらず 好きなように自由に生きる。自由に自分を出す。
めざせマツコです^^

 

 

くつろぐとわかる

重いのが続いたので軽めな感じに
思いつくままの日記です。

自分の中の何かが抜ける時期だったのか
近場の日帰り温泉に週末は行ってきました。

温泉、 長く入ってられない性分で、
そこまで好きじゃないのだけれど
今回 なんとなく行きたくなり
急きょ思いたって行ったのでした。

まだまだ緑がキレイなのと
渓流が露天風呂の前なのでイワナ?が
たくさん泳いでいるが見えてなんだか和みました^ ^

お湯も良かった。

緑の中が好きなのでそれも良かったのかも。

ほんとに徒然書きますが
前も書いた京都行きどうするか問題w
紅葉の時期に行こうかなあとちらっと思ったのです。
高山寺に一度行った時、紅葉シーズンいいと聞いていたのが理由。

でも 自分が惹かれるのは、実は緑が多かったり海。
自然が多いところに行きたい気分が
温泉に行ったら強くなったので
冬まで待って遠出しようと 決めてみました。

温泉入って ぼーっとしてたら
ほんとはこういうところ行きたいなあ〜と自然と浮かんだので こっちが本心。

ゆったりくつろぐと
本当のことがわかってきますね。












直感について:情弱シリーズこれで終わりです

シリーズ その3です。

 
よく「直感は大事 」 と言いますが 
心身ともに健康で  ストレスがなく、しがらみや感情も偏っていない
という条件が整っている場合にのみ
直感は有効。
 
なので 自分が今どんな状態かをまず確かめないといけない。
 
弱っている時 直感と 感じたものはノイズが入ってフェイクだったり
逆に本当に直感が訴えるものを打ち消してしまう。
 
なぜこれを書いたか というと
前半に出したフェイク直感については 結構いろいろ言われているので
気をつけやすいけれど
 
後半の 、実は動物的な勘、 つまり直感が訴えていたのに打ち消した
でも
違和感が残り、 それは私にとって正しいものだったと わかったという体験が
実際あったからなのです。
この直感打ち消しも私は注意しています。
 
 
ここからは完全に個人的な意見なので鵜呑みにしないでください。
ご自分の判断でとってください。
 
 
 
と あるイベントで かつて会った方のこと。(批判ではなく 上記の例で今鮮明に思い出したので出しているだけです。)
 
頭では 「すごい人なのだよね」ぐらいのボンヤリしたことしかわかってない状態で、
直接 話をする機会を持てたのですが
 
どうしても ヌメッとした印象が終始あり 、最後までそれは変わらなかったのです。
 
その後 都内別の場所で 食事をされているのを見かけたのですが
やはり 同じヌメッという印象は変わらなかった。
 
「でも、本も出してるし有名だし そんなわけないよね」
と直感を打ち消してました。
 
しばらくして
経歴詐称で追われていた と知りました。(これは自分でも調べましたが事実でした。)
でも、この時はまだ、 「そういうこともあるかもね」 ぐらいで 自分が覚えた違和感を打ち消してました。
 
 
さらに その後 わかったのは
(この件も本当かな?と自分を疑い、個人的にもいろいろ調べてみました)
 
まったくの専門外で 経験もないのに
これは、、、、
情弱向けでは、、、、
というビジネスで教える側になり 、参謀役としてビジネス活動していることがわかり、、、。
本で書いていたことは嘘だったのだろうか?虚言だったのだろうか ?と思わざるを得なくなったのです。
 
「なんだか ヌメッとしていた 」という自分の直感が正しかったと今となって気づいたのです。
危険なものを察知したのだと思います。
 
直感のおかげで その方関係のものには 一切 関わりをもたないですみましたが
自分が 違和感を感じることも含めた 「直感 」
特に私の場合は 体感からくる動物的な勘が 何か訴えてくるときは打ち消さず
調べるなりして 盲信しない
やはり この大切さを実感したのです。
 
ちなみに この方だけにはヌメッとした感じを受けましたが、
主催者の方については特に問題はなく、しっかりしたジャーナリストでもあり、
イベント自体はいいものでした。
なお、今はこのジャーナストの方は、今回書いた方と一緒に仕事はもうされてないようです。
 
自己啓発系やら怪しいビジネスやらのイベントではありませんでしたし、私自身も楽しめた、つまり心身状態が健全な時でした。
 
そういう時の直感は無視しないようにしたいとも思っています。
 
また
「他のみんながそうだから」 とよく言うけれど
そのみんなって 限られた同じ志向のグループ内だけじゃないのか?
違う意見が言える雰囲気がそこにあるのか?
流されるような雰囲気が作られていないか?
このあたりが直感を打ち消す原因になるので
「自分をちゃんと信じる」
そこも ものすごく大事だなとあらためて思ったので書きました。
 
ちなみに これまでの3回で書いたことは
本当のリア充の人たちにとっては
「そんなのあたりまえでしょ?知らないのヤバイでしょ!」ぐらいのレベル、、。
はっきり言われもしました。
 
 
もし、読んでいてどこか引っかかり、反応するものがあるなら
情弱ビジネスをしている側の人か
情弱の人の可能性が高いかもしれません。
 
自分が情弱だったからこそ、わかるところがあるのです。
 
ということで
この情弱シリーズはそろそろ終わりにします。
 
自分の黒歴史をふりかえるので書いていて パワーがいるのですが
でも、 もう いい加減きっちり過去の自分とここで決別し、進むための決意表明でもあるので書きました。
 
 
おつきあいくださりありがとうございました^ ^
 
これで心機一転 です。