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silver lining cafe

市島おりせ の日記

辞める覚悟③ 豊かになる覚悟

(シリーズ的に書いてしまった
「辞める覚悟」
これでいったん終わりに。)

稼ぐのが楽しくて楽しくてしょうがない!
お金稼ぐのって楽しい!
幸せだ!

そういう仕事を探し見つけるため
自分と向き合い
真剣になる。
そう決めた。

どんなに頑張っても
やりがいもないものは
辞めていく
勇気と覚悟。

これまで仕事でもプライベートでも
 ひとりで頑張って生きてきた。

震災後からは本当に頑張ってきた。
ひとりで心細くても
だれにも感謝されなくても
認められなくても
頑張った。

心労や 物理的な理由で当時、辞めていく人たちもいたなか、頑張った。
そこは、だれにも文句は言わせない。

たぶん今まで頑張ってガマンしてきたことがもうできなくなったのだ。

人生のガマンの総量を使い果たしたんだと思う。

疲れは時間差でくるので
疲れが本当の意味で出てきたのを
出し尽くし

本来の自分に戻る時期が来たのだとも思う。

余談だが
この2ヶ月で原因不明の胃炎、腸炎
それぞれ胃カメラ、大腸カメラ検査をやった。
どちらも軽度だったが
6年越しの疲れが出た感じだ。

身体は正直なのだ。

そしてこれも余談だが
募金などで助けてもらったお返しに
さまざまな募金に少ない額だが、積極的に協力するようにしている。

お金を持っている人や
富裕層ほど特に日本人は寄付と募金をしないというデータがあるようだが

知りあいだから、自分の得になる人だから、
与える、プレゼントをする(もちろん悪くない)

ビジネスに結果有利に働くからとか節税対策に、特定組織に募金や寄付という形での「投資」をするのじゃなく

(ビル アンド メリンダ とか ザッカーバーグとかの例 。
 裏側を知ると微妙な気持ちになるのだが、事実や世界の動きには敏感でいたいと思うので高城剛のごとく
そこは目をそむけずいきたい。

そして 目的は たとえ不純でも悪いわけじゃないとも今の私は思っている。批判する気は毛頭ないのだ。

だって百億も多額のお金を、しかも私財というのがいい!
じゃんじゃん出してくれるならそれでいいと思うし ありがたい。

教育をビジネスに利用するだけの人たちや
理想ばかり言って現場にメリットがないことばかりの人たちより
何も言わず
巨額の私財を出してくれる方を私は支持する。

日本人には何十億とか寄付する人いないから
彼らが日本にも十億単位で寄付してくれたら と望む。)

市井の顔も知らない誰かの
役に立つことをするような
本当の意味でお金を循環させることはやっていて
そのうえでの話でこれも書いている。

話をもどすけれど
これまでひとりで頑張ってきたのだから、

せめてお金の面ぐらいでは、
稼いで幸せになっていいんだ
という勇気と覚悟をする。

パートナーどころか
理想の相手との出会いはゼロで、
本当に誰とも会ってないが
それは完全に割り切った。

無理に妥協とかする気もまったくないから
妥協ばかり勧められるようなシステムになりがちの婚活もずいぶん前に辞めた。

理想の相手じゃないとイヤだという自分の本音を無視しない。
そうじゃないなら
いらないと決めたのだ。(理想の相手と出会ったら速攻結婚しますよ🎶)

そして自分を理想の状態にしていくことの方が先なのだ。

結婚に期待など持たないことも
勇気と覚悟を決めることだ。

結婚していても
どちらかが理想とズレたら
すぐ別れるぐらいの
結婚に期待感ゼロぐらいでいられる
何があっても自分は大丈夫だと
自分に自信がある
そういう自分を作る方が
大事なのだ。

寂しいとか感じたら
稼ぐなどの充実感で埋めていけばいいと
完全に割り切った。

人を使って埋めるんじゃなく
自分で自分を充実させて埋めるものだからだ。

充実させ自由に豊かになりたいと思う。

現職については
①で書いたが

外部に理解を求めるとかムダで
外部の人たちは
理想は言っても
現場を理解しようとか
改善しようとかする気はゼロだと
もうじゅうぶん過ぎるほど知っている。

だからもう
怒りさえ感じない、絶望さえ超えてしまった  冷め切ったのだ。
 この職業がどうとか はもういいのだ。
自分が捨て去ればいいだけだからだ 。

それより
熱くなれるものを真剣に見つけよう。

豊かになるという覚悟を決めた。
辞める覚悟は豊かになるという覚悟なのだ。

辞める覚悟② お金

辞める覚悟には
お金と向き合うことは必須。

稼ぐこと自体を楽しめるようにするには、
そういう仕事をどう見つけ探すか、
そこも現実的にやっていこう。

お金が大好きだし
お金に対して嫌悪感とかはまったくない。
たくさんあればあるほど嬉しい。
自分が豊かで幸せなら
勝手に周りも幸せになる。
だから何よりもまず自分が豊かになる。

 欲しい と思っていいし
 豊かになっていい
嫌なことはやらなくていい
正直今の仕事はまわりに感謝しながら、可能な限り手を抜いてサボってしまっていい。

次に行く余力蓄えなくちゃいけないから、
そんな
幸せじゃないことやガマンは一切しない。
それで人から嫌われてもいい。
だって それが私だから。
自分で自分を認めるだけ。

自分に許可することもたくさんある。

今まで長いこと
ひとりで頑張ってきたのだから
もう お金の面でぐらいは幸せになっていいじゃないか。

お金がたくさんたくさん欲しいって思っていいじゃないか。

これまでガマンして頑張ってきたんだから
ご褒美ぐらいもらっていいじゃないか。

そう決めて 覚悟していい。

たとえ何もしなくても
役に立たないポンコツでも
たくさんもらって生きていっていいのだ。

そうセルフイメージを変えた。

そのていで生きていく。

もっともっと豊かに
お金も時間も
なんでも たくさんある人になる。
豊かになる
その覚悟をするだけ。

豊かになる
その覚悟が今までの自分には足りなかっただけ。

稼ぐのが楽しくて楽しくてしょうがない!
そんな仕事を まず自分と向き合い見つけていくことを真剣にやるのだ!



辞める覚悟をする①

どんなにかかっても5年以内に辞める。
その準備をする。
お金についても同様。
選択肢として
5年より早くするため自分のプラスになる転職先を見つけ速攻で動いていく(一年以内でもいい)
など
やることは多い
と連休中良い機会だったのでいろいろ考えていた。

正直いうと
今の仕事
もう嫌気がさしてる。
その事実をもしっかり認めてみた。(その分析 その他 今やるべきこと などはあえて書かない。)

他人に理解を求めないことを
絶望と諦めから
そこは決意しているので

この仕事に興味がある人や
外部からのみ見て
良さげなことだけを言う人の発信するものとは
距離を置いている。

理由はシンプルで、そういう情報は現実と乖離しすぎていて
情報として意味がないからだ。

現状がわかっている人たちが発信しているものと
雲泥の差がありすぎる。

進んでいるところを視察したとか、
理想とか
こうあるべきとか

外部の人々が無責任に、時に能天気にこの業界に対し
理想論のみを主張するのを見たり聞いたりするのは
もうたくさんなのだ。

理想はいいけど、現実にそれをどう導入し
実践させるのか
それを行うことになる「人」は 人間らしい生活を保障されているのか

受ける立場 もらう立場の事ばかりで
与える側のこちら側の
労働状態は完全無視で
その視点はまったく抜け落ちている、
そういうものは
もうたくさんだ。

そういうものでは現場は何も変わらない。

いちいち反論も批判も する気力もない。

だからと言って
無気力になっているわけじゃない。

現場から上がってきた声が今大きくなり、話題になっている 署名運動にはもちろんすぐに署名した。

グチを言うのじゃなく
活動している人たちを応援したり、
自分が自分の範囲内でだけでも
やれることをやる。

現実を 現場を動かして こその理想論だと思う。

(こういったことについて
怒りや 次の段階の 絶望を感じ切るのも
そろそろ終わりだ。

怒りは熱いもの。
でも今は冷めた気持ちになっている。

早く終わりにして
違ったプラスの熱くなれるものを見つけよう、その努力をしようとも決めた。)


がまんをやめるステップもだいじ
同時に
自分の人生のため動かないといけない。

自分が自分でいられるように。
覚悟を決めよう。





動物も達成感が必要

連休は心もカラダも整えて、情報からも離れることに。
ほんとうの遠出は夏にして、
近場で自然のなか散歩したりカラダを動かしたり、ぼーっとしたり、久しぶりに瞑想をちゃんと始めたりしている。

テレビも情報系以外はほんのちょっとだけ。

ほんのちょっとのテレビ時間、動物大好きなので、たまたまチューリヒの最先端動物園の番組を観ていた。

象や爬虫類も(カメレオンもヤモリもヘビもめちゃくちゃカワイイのだ)、のびのび自然に飼育されていて、自然な姿がカワイすぎてもだえるばかりw。

そこで衝撃を受けた内容があった。

「動物園の動物はエサを貰えるし外敵の心配もなく、安心安全で幸せ、
では決してなく
自分の力でエサを獲るという達成感無くしては幸せではない」
という研究データだった。

だから最先端と言われるチューリヒ動物園では、いかに動物たちが頭を使い、知恵を働かせ、エサを探し、獲るようにさせるか
そこをいちばん工夫しているとのこと。

あえて取りづらいエサカゴに入れたり
毎日違うエサ場(しかもわかりづらい)にエサを入れて探させたり
していた。

達成感が必要というのは
それが本能だからなのかもしれない。

エサを与えられるだけでは、生きている実感がないのだろう。

それは人間も同じ。

誰しもが、何かを求め
何かをしたいと望む。

それが何であるかとか
いいとか悪いとか
成功しなくてはとか

そういうこと以前に
そうしたいからそうしている
みんなそれだけなのかもしれない。

チューリヒ動物園の動物の番組での
達成感の話は
けっこう含蓄のあるものだった。

動物から人は自分の本能レベルのことを教わることもある
と思わせられた。

NHKいい番組作るね。





がまんをやめる と 辞める

☆2日前に書いて公開にしてから、いちど下書きにもどしたのだけれど
どう思われても自分の声を無視しないことにしたので
今朝再びオープンにしました。

辞める前に がまんをやめる をやり切る。

辞める気力があるなら

定時で帰る。
人の顔色を伺わない。
合理的じゃないことはしない。
時代と合わないと思うことは伝えない。

など

人がどう思うとか一切気にせず
時間内でやる
本来の業務でないことは一切やらないなどを
やりきるのが先。
今そこをやりきっている。

合理性と真反対な業界に
合理主義的な自分が適応するのは
まず無理だな
と今さら気づき

逆に徹底して合理的に
やることにしたのだ。

無駄なことは無駄。
意味のないことはしない。


「前例がないことはやらない」
と言い続けるこの業界。

一時は
私が悪いのだろうか
おかしいのだろうか
と真剣に悩んだ。

でも今は悩まない。

変わらないことを大多数が望んでるというなら
こちらが変わるしかない。

例にとると

いまだに

スカイプって何?
有料でしょ?
会議になんて使えるの?
そんなの 使わないよねえ。
今と同じでいいよ。」

という人たちと
話は全くかみ合わない。

新しいもの興味を持たず
今までのやり方でいいという
優しく穏やかな同僚たち。

人はほんとうにいいと思う。
だから批判とかする気はない。

ただ
新しいことは前例がないならやらないため
私は年々 違和感が強くなっている。

欧州北方の国々では
新しいことを新しい方法で日々
教えなくちゃいけないから
自分が学ばなくちゃいけなくて
アップデートが大変
という。

かたや日本は

会議と部活が大変で時間がない
そして前例がないから今のままでいい
という。
(今これだけニュースになっているのに 。そういうことに、もう絶望しきった。
絶望の先にこそ 次の未来へ行動する意志が芽生えると実感している。

絶望は悪くないと私は思う。
絶望しきったときから始まるものがあるのだ。)

日本が今後どうなるかは 言わなくともわかる気がする。

だからと言って
誰かや何かや体制を批判するとかはもうしないのだ。

そんなことは意味がないしエネルギーの無駄遣いだからだ。

自分がどうするか
それだけだから。


昨日から書いている
今一番気になっている人物、高城剛

「何かするときは7年計画で」

と言っているが
7年中には確実に今の仕事は辞めているだろう。
四隅大輔さんの15年よりは半分だ。
できれば、それより短くするよう
3分の1ぐらいになるように努力すること。

そのための
自分作りを今着々とすすめるしかない。

こんなマイノリティーの自分は
マイノリティーと自覚しきった今は

人と違うとか どうとか
もう 全く気にしない。

そうすると不思議なのは
他人を批判するとかもしなくなる。

自分がどうあるのか
そこだけに集中しよう。

☆物理的な労働環境の悪さのほうは、書いても 「グチね」と取られるだけなので書かない。理解を求めようとはもう思ってないからだ。

辞めるつもりなら
怖いものはなくなってくる。

トコトンまでがまんをやめてみる
これが私の一番 のチャレンジ。


訳がわからないものにオープンに

高城剛の有料メルマガを購読し始めた。
有料での購読はこれだけ。

購読にいたる理由は
高城剛が今 考えていることを知りたいから。

訳がわからない人だけれど
個人的には
訳がわかる部分も実はあって
共感ポイントもあるから。

それと
ここ最近ずっと高城剛という人物を
著書などで追っていて
わかったのは

マス(大衆)が理解できなくとも
実際に
自分の目で見で 歩いて
(移動で飛行機は使ってもそれ以外は、車などほぼ乗らず文字どおり徒歩か自転車らしい。)
聞いて 感じて 

しかも 自腹でなので
紐付きじゃないから
世間を騒がせようが
叩かれようが
まったく気にせず
感じたことを
スポンサーやマスコミに遠慮せずそのまま出す
書く 話しているってこと。

実は堀江貴文
高城剛ほどまだ突き抜けておらず(ここがびっくり。あれで まだまだ!っていう、、。)
マスへの理解を求めていること。

だったら より 突き抜けてる方に触れてみよう
情報もより絞ろうと思ったのだ。

たぶん高城剛
日本人では
トップで突き抜けているひとりだろう。
先を読む力もハンパじゃない。

高城剛が伝えることを後で追従して
時間差ありで
影響力あると言われている誰かが
同じようなことを言いはじめる

というパターンもよくあると
気づいたりした。
となると
影響力ある
と言われる人たちの伝えるものを
複数見るより
高城剛ひとりで
もしかしてじゅうぶんなのかもしれない。

大元にたどり着いた
そんな感じがする。

そんなこともあり、
彼が伝えることの真偽や 良し悪しはともかく
何をリアルで感じているか
知りたいと強く思う。

メルマガの内容は
時事問題、経済、健康、デュアルライフ、海外事情、島事情、Q&Aほか多岐にわたり
おもしろい。

有料メルマガなので
内容の具体的シェアはしないけれど
好きだ。

影響を受け
身体に集中することを
明日からの休みを利用してやってみることに。

このメルマガ購読をきっかけに、

過信はしないけれど
訳がわからない
でも
おもしろいと好奇心が向くものに
もっとオープンになろうとも思う。


もっと身軽に なぜか気になる高城剛

本田直之×四隅大輔 のふたりに刺激を受けたら
今さらですが
高城剛に がぜん興味が出てきてて
著書を読みまくっている。

前記のふたりは サラリーマン出身で、
自分とは能力やバックグラウンドに差は多々あれど
サラリーマン時代に何を準備したか、
目標のため お金をためたこと、
必要なスキルをつけ、やれることをやった
などなど
含め参考になる。
実際  自由に生きる準備を始める決意もできた。

一方 高城剛という人物は
20年以上?もっと前?にマスコミに出てきた頃から見ているが
いまだに訳がわからない人物。

半ズボンおじさんのイメージで
肩書きも よくわからないw
参考になるかといったら?である。

でも
今 すごくその生き方に惹かれる。

どんどん身軽に
持ち物を軽く、
どころか
この人は手ぶらで世界じゅうを動いているんじゃないだろうか。
まるで散歩するかのごとく。

LCCをうまく使い
服も数枚のみ
仕事はほぼ招聘されたものだけ。
だからモノは
デジタルツール以外いらない
それ以外においても
考えていることも
やることも
何世代も先を行きすぎていて
訳がわからない。

訳がわからないからこそ
今の自分には気になる。

以前なら 訳のわからないものは
そのままにしていたけれど
今は 訳のわからないものを知りたいと思う。

繰り返すが
調べたり 読んだりするほど
訳のわからない人だ。
そしてうんくささもw

けれど

ファルメンテーラ
ほかの島々
好きな場所、惹かれる場所が
自分とかぶるのも
興味がわく理由。

いつか実物に会ってみたい。

自分の枠を壊すために
訳のわからない人たちにもっと会ってみたい。