silver lining cafe

市島おりせ の日記

その不安はホンモノか?

昨日 不安はデフォルトと書いたけれど、トリッキーなのはそれがホンモノか?という点。


日々情報にさらされていると、外付けのものが多く取り込まれてしまって、本来自分が持っているものなのか、外からの影響でそう思い込まされているのか判別できなくなる。


例えば、すごくわかりやすいのがお金。将来が不安だから貯金っていうけどじゃあいくらあったら不安が消えるの?

自分のミニマムコスト(その人なりの最低限の生活費、それぞれ違って良い)いくらか考えたり、計算したことあるの?

って聞かれたら大半の人はないと思う。


実はこの質問、私自身がきかれたもの。そして見事に答えられなかった。


一般で言われる自分の年代での生活のイメージってこういうもんで、

こういう物があってこれだけ収入があって、

と、これって全部もしかして刷り込み?

本当にそれ求めてる?

そのお金で自分は何がしたいの?

それ幸せ?


頭がグルグルしたのを覚えている。


その時やったのは

ある期間、テレビも雑誌も本も極力触れないようにした。

そしていちばん大きかったのはSNSの類を一切見るのをその期間やめてみた。


SNS、特にFacebookは選択の余地なく誰かのリア充風景が目に飛び込んでくる。幸福の一瞬だけ切り取っただけで、24時間365日、幸せ リア充、なんてハズは人間ないのに、そう思わせる危険性がFacebookはあって

その当時まんまとその罠にはまっていたのだ。


今の自分じゃダメで、あの人たちみたいに、いい友人に囲まれて、いい暮しをして、旅行とかもいけて

もっともっと幸せにならなきゃ(この時点でメンタルかなりヤバイですね。)


と、今の自分を否定する。今のままだと将来ヤバいかも、と思ってしまう。だから不安が大きくなる。


情報を一定期間断った時、びっくりするぐらい気持ちが穏やかになったのを感じた。


将来の不安って一体なんだろうと思った。


友達や家族や近しい人を大切にしていたり

自分の事を大切に認めてあげてたりしてると


わけもなく出てくる不安って小さいものじゃないのだろうか。


本当にしっかり人と繋がっていて

お互い助け合えると思っていたら

将来ってそんなに不安がる必要があるんだろうか


そんなことを考えるようになった。


それでも意味ないどこから来るのかわからない不安がわきおこることは

まだある。


それはホンモノの不安として

感じて認めてみる。


外付けのニセモノの不安は

時に情報から離れて自分を俯瞰してみると消えてくる。


まずホンモノ、ニセモノ

自分で感じとって識別できるだけでグンと気持ちは楽になる。


不安がすんごく大きくなってる時は

一度それホンモノ?って自分にきいてみるといいね。