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silver lining cafe

市島おりせ の日記

何よりもだいじなこと

きのうのつづき

 
自分で自分を愛するのが前提。
そこをじゅうぶんわかっていての
はなし。
 
「女の人にとって
愛されることが何よりだいじ」
 
きのう書いた方も、これは
お話してました。
 
社会で成功とよばれるものとか
お金とか
そういうものは
女の人にとって
ほんとうに欲しいものではないのです。
 
「愛されること」
欲しいものはたぶんこれだけ。
 
たくさん愛されてるから
元気がでるので
がんばれたりする
 
でもそうじゃないと
水をもらえない花とおなじで
しぼんでいくのです。
 
たねあかしをすると
母性のきほんは
「うけとること」
だからなのです。

女の人が「うけとる」ことは
じつは相手に「あたえる」ことと同じなのです。
 
男の人は、
とくに日本の男の人は
こういったことがわからない人がほとんどで、

愛をあたえず
奪おうとして
家族がだめになっています。
 
 
ほかの国の
男の人たちは
わかってている人も多く

女の人に
たくさん愛をあたえることをします。
自分から始めようとします。
 
男の人が
愛をたくさんはじめにあたえるから、
そこから循環がはじまるのです。
 
女の人からでは、循環は
はじまらないのです。
 
男の人がほんとうに
女の人を好きになったときは
愛を与えることだけをします。
女の人を大切にします。
 
日本の男の人の多くは
ほんとうは
女の人を愛してないのかもしれないな、
と悲しく思うようなときがあります。
 
じっさい
女の人を大切 にしましょう
愛をあたえましょう
男の人にたいして話す男の人を
この国では見たことがありません。
 
ほんの小さな男の子に
「女の人を大切にすること」
と、
お父さんが子どもに教える国もたくさんあるけれど、
日本は
お父さんがまずお母さんを
大切にしてないことも多く、

おとなの
男の人が
女の人を大切にする
よいお手本を子供にみせていないので、
子どもも、わからずおとなになるのかもしれません。
 
男の人につごうがいい国は
女の人が元気じゃありません。
その結果
子どもを育てることが
とんでもなくむずかしくなっていきます。
 
なので
わたしは
短絡的に、
男性的に「あたえなさい」
とばかりいう人が苦手です。
 
ともだち
仕事のなかま
ごきんじょさん
そういう人たちの間では
あたえる、はもちろん大切です。
 
でも
男女のあいだはちがう気がするのです。
 
そのばあいの
「あたえなさい」は
ほんとうに日本的で、

女の人をどんどん弱らせて
げんきを奪う

女の人を大切に思っていないのかな
というところからくる言葉かもしれないとおもうのです。
 
それがわからず
「あたえなさい」
という人が苦手なのです。

もしかしたら、無意識に
たくさん
女の人から与えてほしいと
おもっているから
でてくる言葉かもしれません。
 
 女の人はもともと太陽ですが、
愛されることで
女の人はあたたかい太陽となっていくのだとも
おもうのです。
 
なにが言いたいのかなというと

愛は
お金やモノや家やら
お金でつくれる「いい暮らし」
とやらではないのです。

こころのもんだいなのだと
おもうのです。

そこをたぶん
自分はしっかり見ていきたいのだと
おもうのです。