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silver lining cafe

市島おりせ の日記

ねむる なにもしない幸せ

つづきですが

いまは
ゆっくりなにも考えず
ぼーっとすることが
じつはしたいこと。

ゆっくり寝たり
おいしいものたべたり
きれいな服を買って着たりしてます。

できる人になるとか
なにかなしとげるとか
成功するとか

そういうものは
よくわからないし

書いてても
あまりしあわせを感じないのです。

たぶん
いまはすごく、女性らしく
やわらかくしていたいんだと思います。

あたらしくなにかするとか
あたらしく人に会うとか
それも
今は あんまりよくわからないし
そういう機会もないので

そういう時は
「ゆったり、ぼーっとなにもしない」を
する。

成功とか
なしとげるとか
男性的になることに
幸せを見いだせないから

やさしく
やわらかくいようと思います。

たぶんこれまで
そういう自分に
OKを出せていなかったのが

今は全面的に
そういう自分を認めているので
なんとなく安心感というか
ほっとしてる感じです。

他人のためエネルギーをこれまで使っていたのを
しっかり自分に使うようになってきたので
深いところで
この
ぼーっとしている今は
喜びにつながっている気がします。

したいことをする
それがぼーっとすることでも
そうすることは
マヒしていた感覚を
とりもどすことにつながるのです。

この
マヒすることについてですが
日本の組織のなかにいると
喜怒哀楽が出せなくなります。

冷静沈着でいることがよしとされ
自分でも知らないうちに
自分をじわじわと殺していく感じがします。
女性はとくに
自分が死んでいくのを感じる人もいるのじゃないかと思います。

日本では特に
そういった感情を外に出さず
成功を追い求めるような「男性化すること」を女性に求めることが多く

男性と同じになるのが良いことで
それが日本社会のではマナーとなっています。

そこに
「素直に感情を出すのがかわいいんだよ。無邪気なあの人みたいに。」
つまり
暗に「だからあなたはダメなのよ。」
という言葉は

読んでも聞いても

それがたとえ正しくても
心がもすごく傷つくのを感じてきました。

じゃあ今まで頑張ってきた自分は
まったく価値がなく
なんのために生きてきたのか
わからなくなるのです。

組織のなかにいて
どうしていけば自分でいられるか
多くの人が模索するなか

それがいつもできる環境にいる人はうらやましいです
ふわふわ無邪気でいられるのは
あこがれです^ ^

でも
環境がこうだから
というのではなく
だったら
わたしはまず
ちいさなことから できることから
したいことをするようにしています。

今は ぼっーっとやわらかくして
自分本来の女性らしく生きるエネルギーをもどしている最中。
リハビリ期間のようなものです。

ここを
いぜん紹介した
みちよさんにおしえてもらって
一年かけて
気持ちがやっと楽になってきているのです。

ホッと
やわらかく本来の自分にもどす。

あたらしいことをもとめる前に
マヒした感覚をもどし
本来の自分にもどすのがだいじ。

今は
そんなところです^ - ^