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silver lining cafe

市島おりせ の日記

好き嫌い からみえること

長いですw


好き嫌いをはっきりさせることは 
自分の感覚をとりもどすこと 自分を知ること につながると思います。

好きなものだけをみる というのはもちろん大事なのだけれど
感覚が鈍っているときは、好き さえわからなくなっているものなので

嫌いなものから反転して 逆が好きと気づく、というやりかたもOKにしています。


ごく簡単なものだと
私は寒いのが嫌い。雪も嫌い。

(数年勤務したところが雪が結構降るところで、経験から雪降るとか寒いとかいやなんです。寒いうえに曇天が続くのは苦しい>_< )
そこから分かるのは

あったかくて20度以上のところが好き

青空が好き ということ。


今いるところは雪国ではないけど

寒いときは寒い。

でもこれからはガマンしないことにもしたので、

もし仕事であっても寒い場所や部屋での仕事は

断るようにするとか、すぐ帰るか、最悪仮病を使って回避してもいいとするw
とか
暖かいところにいけるような生活にしたいとか

したいことがわかってきます。

ほか
感情を殺すのもやめました。

好き嫌いでさえわからなくなるから。


何年か前

お互いにほめあう という機会があったとき

一人の主婦の人に
「頼りたい」と言われ、そのとき 言葉で言えないほどの ものすごい嫌悪感をおぼえたことを思い出しました。


でも、いやだとかジャッジしちゃいけないとか思って こんなこと思っちゃダメ と自分の心をその時は瞬殺したのです。

この瞬殺が感覚を鈍くしてきたと今はわかるので
ジャッジも今の私にはOK。自分をもどしてあげてます。

私は 人に甘えて、旦那さんのお金で生活していて 頼っているくせに
まだ他の人にもっと甘えて頼りたいとか、

生活費は全部旦那さんが担っていて 生活費の心配もないくせに
しかも趣味仕事、趣味起業のくせに 

自分を主婦とは思ってなく
「私仕事をしてるんです~。がんばってるんです~。」

とか言う主婦とか大っ嫌いです。

(これは、その事件からかなり後になって気づいたこと)


はい,ばりばりジャッジしてます。ブラック全開です。

嫌いということは自分も嫌われるのも受け入れる ということでそこも覚悟してます。

もちろんマナーとして実際口に出すことはないけれど気持ち的にはそうなんです。どうしてもそう感じちゃう。

でもここからが大事で、 そんな自分からでてくる「嫌い」を「嫌い」のままで止めないで、

なんで嫌いなのか、ほりさげて自分を見ていくのです。
そうでないとグチで終わっちゃう。それはもう違うから。

この場合は、かんたんにいうと 

うらやましいから。

毎日、出勤して働いて ガマンしていたり  残業代がゼロの仕事してる。(世間の人以外にしらない)

はい これはグチです、、、。


一方で
お金持ちの旦那さんと結婚した人は
旦那さんのコネで人を集めて

趣味仕事を数時間ちょこっとやって簡単にお金をもらって 

「〜ちゃん、がんばったね」とか言われて、、、。

しかも生活費は旦那さんもち、、、。

そう、ホンネは

うらやましくてふてくされてるんです。

そこをほっていくと


うらやましい→こんな割りに合わない仕事をしてる自分がバカみたい。みじめだ。悲しい 悔しい(/ _ ; )

(みじめな自分を認めてみる。)

→ほんとうは仕事なんてしたくない。やりたくない。もうがんばりたくない。疲れる。

→もっと人を頼りたいんだ。ガマンしたくないんだ。その趣味仕事の主婦みたいに生きたいんだ。(そうなりたいと認める)

→女性として大切にしてもらって守られて 生活費なんて考えず生きたいんだ。 すごい人とか能力ある人とか仕事できる人じゃなく

愛される人になりたいんだ。

→何もできなくても、何もしなくても存在するだけで大切にされる、愛される女性になりたいんだ。そのうえで新しい出会いがほしいんだ。

→まず自分のことを愛そう。

自分を好きになろう。

自分を大切にしよう。

→がんばったりむりするのをやめよう。したくないことをしないようにしよう。自分を出していこう。

今いるところでも自由になってみよう。(昨日書いた後半のこと)


好き嫌いあっていい。人の顔色うかがったり空気読んだりしない。愛想笑いなんかしない。嫌われてもいい。

いちばん大切なのは自分なんだ。

→好きをみつけよう 

→まだ途中。。。

と 見えてくるのです。

この先 もっと見えてくるものがあるのかもしれないけれど
嫌い の先には こうしたい これやめたい とかの本当の自分が見えてくるのだと思うのです。

ときに、かっこわるい本音も出てくるから みないふり 気づかないふり することもあるからそこは注意しないといけません。


きもちを瞬殺すると

自分が自分をないがしろにするのと同じだから その不満を 誰かにぶつけたくなるのです。(本当は 誰かに、 じゃなく

自分に  わかってよ!自分!と心がうったえてるのです。)


自分の気持ちをわかってあげて

そこから ほりさげてみていくことは

自分を大切にすることなのだと思うのです。

ちいさな 好き嫌いも かっこわるい自分の本音もみのがさず
すこしずつ 自分を取り戻す そんな感じです。

おおきな「好き」「こうしたい」に気づいていくには この過程があって
その先にあるものだと思うのです。